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〈2008,2,17設置〉長編用ブログです。文責・著作権は巽にあります。無断転載は禁止とさせて頂きます(する程のものもありませんが)
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「柘羅(しゃら)」それが名前らしかった。
 まぁ、誰だと訊いたのだから当然の答えではあるが……どうも気が抜ける。
「変わった名前だな」紘は首を傾げて相手を見た。「丸で諱(いみな)みたいな感じ……」
「そうだよ」と、柘羅は笑った。「諱なんだよ」
 紘は思わず相手の肩を思い切り揺さ振って、その正気を確かめてやりたい衝動に駆られた。
 何処の世界に初対面の相手に諱なんぞ教える奴が居る?
 人前では親兄弟すら、その名を呼ぶ事は控えるものだ。仲のよい友人にさえ教えない者も少なくない。
 紘も瑰(かい)という名を持っているが、兄弟も無く、両親も亡くなった今では彼をその名で呼ぶ者は居ない。皆、紘と呼ぶ。天海(てんみ)という名字を呼ぶ者も少ない。大半の知人は知らない為に呼び様がないのだ。後の大半は名字を呼び合う程、余所余所しい間柄でもない。

 名前は大事なものだ――と、昔から言い習わされている。
 頭の堅い老人を哂う年頃の紘でさえ、それらに関しての禁忌は厳格に守り続けている。
 なのに、この馬鹿は初めて会った、それも余り信用ならない風体をした少年に、諱を教えたのだ。それもこんな雑踏の中だ。誰に聞かれるか解ったものではない。
 呪術の餌食になりたいのだろうか――紘は薄気味悪いものを見る様な目で彼を見た。名前は呪術を掛ける材料としては一般的で、それでいて重要な材料だ。そして呪術師は大抵何処の街にも居る。この街の雑踏の中にさえ、数人紛れている事だろう。
 呪われる様な恨みを受けていないから大丈夫、などという楽観的な考えはこの際捨てるべきだ。彼等が恨み――時には他人から託された恨み――だけで人を呪うのならそれでもいいかも知れないが、彼等の中にはその獲物を操って、意に反した事をさせる者も居る。しかし、それが彼の意思でない事は証明し切れない。だからもし、操られた者が人を殺したとしても、操った者には追及の手が伸びない儘なのだ。彼の様な貧弱そうな少年を操った処で、人殺しなどさせられそうにもないが、中には売り払う事を考える奴も居るかも知れない。
 こいつはそういった危険性を考えた事が無いのだろうか?――判断が付かない歳でもあるまいに。
 こんな阿呆に付き合っていると碌な事はないな――紘はそう判断して、踵を返そうとした。気にはなるが面倒に巻き込まれるのは御免だ。

 が、柘羅は笑いながら彼の後を付いて来た。子供の様な、無邪気な表情だ。
 紘は無視する事にした。
 しかし、それは僅かの間しか続かなかった。
 彼の後に付いて、柘羅が小路の奥深くに迄入って来ようとしたからだ。この街の者でも迂闊には入り込めない所だ。こんな奴が来ればそれこそいいカモだろう。
「おい、あんた、何処に行く心算なんだ?」紘は無愛想に訊いた。
「君は?」全く危機感といったものの無い声と表情で、柘羅は訊き返した。世間話でもしている様な感じだ。
「それの質問の方が先だった」
 なるほど、と柘羅は一応頷いた。
 しかし、柘羅の答えは紘には不満を引き起こすものでしかなかった。
「君が行く所に行こうと思って」
「何でだよ?」険悪な表情を作りながら、紘は再び訊いた。「何であんたが俺の後を付いて来るんだ?」
「君が霊が視えない人だから」
「なっ……!」紘は言葉を失った。言うに事欠いて霊が視えないからだと? 大体そんな事がどうしてこいつに関係があるんだよ? 人が気にしてる事なんて放って置けばいいだろうが。況してや友人でもないし、どうなるものでもないのに?「俺をからかってんのか?」紘は低い声を絞り出した。「なら、相手が悪いぜ?」
「からかうなんて……そんな心算は無いよ。只、気になるから……」
「何が?」紘は苛々と尋ねた。柘羅の喋り方は穏やかで、落ち着いていると言えば聞こえはいいのだが、些か勿体振って聞こえる。さっさと答えを聞いて別れたい紘には尚の事、気に障る。
「君、背中にとんでもないの憑けてるのに気付いてない様だから」柘羅はひょいと、紘の背中を覗き込んだ。「だから君が霊を視た事が無いんだろうって思ったんだ」
「……」紘は釣られる様に背後を振り返っていた。しかし、無論何も視えない。居たとしても彼には視えない。
 しかし、此処暫く友人達に道で会う度に、引き攣った顔を向けられていた事を思い出した。中にはその顔の儘、さっさと踵を返した者も居た。あれはひょっとしたら……そいつの所為なのかも知れない。
 だが、彼には確かめ様がないのだ。視えないのだから、他人に視て貰うしかない。だが、そんな事を訊けば、彼に霊が視えない事は直ぐに知られてしまう。無論、友人達の中には彼が隠している事を知っていて、それでもそれに触れないでいてくれる者も少なからず居た。だが、それでも気が引けた。
「今の所はそれ程危険にも思われないけど、隙あらばって感じだからね、気を付けた方がいいよ? 下手をすると身体を盗られちゃうからね」
「そりゃどうも」誠意の無い礼を、紘は口にした。そうしながら周囲に起きた変化に目敏く気付く。「けど、此処じゃあんたの方が余程危険だと思うな。俺は」
 街の奥迄入り過ぎていた。紘は危険の度合いが最大限になる前に足を止めた心算だったが、人間という危険は移動する。それも来て欲しくない方に向かって。

                      ―つづく―
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