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「それじゃまぁ、お言葉に甘えて、お前さんと後、瓏琳だけの時は『柘羅』で呼ばせて貰うか」紘は軽い溜め息と共に言った。そうでもしなければこいつはいつ迄でも主張するだろうし、詞維和と呼ばれるのが嫌だと言うのだからいいだろう。
「有難う」柘羅は微笑む。妙な所、素直だ。そして、改めて訊いた。「君の名前、未だ聞いていなかったよね?」
そう言えば――と、紘は気付いた。そう言えば柘羅の名前は聞いたものの、こちらは名乗っていなかったのだ。
「天海紘」紘は答えた。そして、やや躊躇ってから「諱は……」
「いいのかい?」柘羅が口を挟んだ。諱を教えていいのか、と言っているのだ。
「お互いさんだろ? 借りを作るのも嫌だし」紘は肩を竦めた。こいつ、一応常識はあるんじゃないか。「諱は、瑰(かい)。……人前でなければそう呼んでもいいぜ?」
「有難う」柘羅はまた、礼を言い、笑う。本当に嬉しそうに見えるのは紘の気の所為だろうか。
だからつい、怒るのを忘れてしまう。この状況からして、紘は彼に対して怒鳴り散らしてもいい筈なのだ。何しろあんな術を掛けられて有無を言わさず見知らぬ邸に連れて来られたのだから。なのに、こう素直に笑われると、それ程人の悪くない紘には怒る事も出来なくなる。
真逆、それを見越して態とやってるんじゃなかろうな――紘が一瞬そう疑った程の素直さだ。だが、その一方でそれを否定している。そんな魂胆ならあんな街で他人を疑い、その腹を探る事を覚え込ませられた紘には直ぐに露呈する筈だ。例え柘羅がどれ程の役者であったとしても、彼の目迄は誤魔化せない。
だからこそ、怒れないのだ。彼が本気だという事が解るから。
「ところで」それでも、不機嫌を装いながら紘は再び口を開いた。「用件を聞こうじゃないか。何の為にお前が苦労してこの邸を抜け出して、何の為にお前が俺を見付けて、何の為にあんな術迄使って俺を此処迄連れて来たのか」
柘羅はやや居住まいを正した。紘から見れば、態々正さなくとも充分に姿勢が良かったのだが。
「僕はちょっとした必要に駆られて、霊の視えない人を探していたんだ」
「霊の視えない……? じゃ、別に俺でなくてもよかった訳か?」紘は訊き返しながらやや気抜けする。そしてどうしてこんな事で気抜けするのか、自分でも解らず、内心首を傾げる。
「最初はね」柘羅は軽く頷いた。「けれど今では君が一番適任だと思っているよ」
「何に適任だって?」紘は訊いた。「そもそも用件は何なんだよ? それ聞かなきゃ話にならないだろ?」
「僕は……これからある所に行かなくてはならないんだ」柘羅は、ふと遠い目をして言った。「国内ではあるんだけれど、かなりの辺境でね。同行者が欲しい」そこで言葉を切り、意味ありげに紘の目を見る。
「同行者位幾らでも居るだろ? あれだけ『お供』が付いてるんだから」
「彼等は僕が選んで雇った訳ではない」
「じゃ、誰が雇ったんだ?」と、紘は素直に訊いた。
「……僕の伯父に当たる人だ」柘羅は軽く、眉を顰めた。訊かれたくない事を訊かれた様な表情だ。
こいつの家族構成は一体どうなっているんだろうか――家族無し、の紘は首を傾げつつ興味を持った。邸は彼の物――少なくとも名義上は――らしいし、それでいて伯父が居ると言う。全くの身寄り無しなら彼がこの邸の所有者でもおかしくはないとして、どうして伯父という保護者が居るのに、彼が邸を持っているのだろう。そして、どうしてこいつは自分の邸でひっそりと立てられる聞き耳に気を配らなければならないのだ?
この分では紘同様、肉親には恵まれていないのかも知れない。彼が邸を持っている事からしても、彼の両親が果たして健在かどうか疑わしいし、この話し方からして、彼の伯父とやらが彼に無償の善意を持っているのかどうかも疑わしい。他に肉親や親戚が居るのかどうかは解らないが、この分では下手に訊かない方が無難だろうか。
怒らせたら何するか解らんしなぁ――紘は柘羅の得体の知れない力を思い出して、微かに首を竦めた。
「兎に角、行くのは僕と瓏琳、それから後一人でいいんだ」柘羅は話を本題に戻す。「最低三人居ればいいんだから」
「最低三人? 何処に行くのか知らないけど――辺境って言ってたっけ?――たったそれだけの人数で行く気か?」紘は流石に呆れた。「何処に行くにしたって、あの街で会ったみたいな奴等が居る可能性があるんだぞ? あれよりもっと手に負えない奴等だって居るだろうし。お前があの妙な術を使う前に俺が片付けられる可能性だってあるんだからな。その辺考えてんのか?」
こいつにちょっとでも常識があると思ったのは重大な間違いだった、としか紘には思えない。
「瓏琳は強い。彼が居れば君に危険な真似をさせる事も先ず無いだろう」
確かに腕っ節はなかなか強そうだったな――瓏琳の容貌を思い浮かべながら紘は考えた。しかしあいつ一人で何が出来るって言うんだ?
気を集中させる為の時間さえ稼げれば柘羅の力でどうにか出来るとは思うが、それにしたってどれ程の人数迄相手に出来る事か。真逆十人も二十人もの相手全てに術を掛けられるとも思えない。
「で? その瓏琳は承知してるのか?」紘は何とか思い留まらせる手は無いものかと思案を巡らせた。出来ればそんな無謀な旅に出たくはない。
「瓏琳なら全て承知の上だよ。何処に行くかも、何をしに行くかも」柘羅は既に瓏琳を味方に付けている様だ。
この表情は嘘じゃあないな、と苦々しく判じながら紘は新たな理由を探した。しかし、身寄りも心配してくれる者もない彼としては言い訳が作れない。仕事はその日その日で転々としているし、塒(ねぐら)だってそうだ。対人関係もその場その場だし……。
その自分がどうしてこいつに従わなくてはならないのだろう、と紘は不審に思った。それでいてどういう訳か無理に逆らおうという気が起きない。あるいは例の術で操られているのではないかと疑いたくなる程、彼は反発を感じていなかった。奇妙だ。
「で? 瓏琳には教えて俺には教えてくれないのか? 自分が行く所位」
「来てくれるのかい?」柘羅が心底嬉しそうに訊く。
「場所次第だな。それも聞かずに返事が出来るかよ」
当然の事を言った迄だが、柘羅は紘が罪悪感を感じる程困った表情をした。
しかし、紘としては幾ら心配してくれる者もないとは言え、訳も解らずに旅に連れ出されたくはない。大体この分では只の観光旅行とも思われない。危険があるのなら知らされて然るべきだ。
「誰にも言わないって約束してくれるかい?」やがて、柘羅はそう尋ねた。
―つづく―
「有難う」柘羅は微笑む。妙な所、素直だ。そして、改めて訊いた。「君の名前、未だ聞いていなかったよね?」
そう言えば――と、紘は気付いた。そう言えば柘羅の名前は聞いたものの、こちらは名乗っていなかったのだ。
「天海紘」紘は答えた。そして、やや躊躇ってから「諱は……」
「いいのかい?」柘羅が口を挟んだ。諱を教えていいのか、と言っているのだ。
「お互いさんだろ? 借りを作るのも嫌だし」紘は肩を竦めた。こいつ、一応常識はあるんじゃないか。「諱は、瑰(かい)。……人前でなければそう呼んでもいいぜ?」
「有難う」柘羅はまた、礼を言い、笑う。本当に嬉しそうに見えるのは紘の気の所為だろうか。
だからつい、怒るのを忘れてしまう。この状況からして、紘は彼に対して怒鳴り散らしてもいい筈なのだ。何しろあんな術を掛けられて有無を言わさず見知らぬ邸に連れて来られたのだから。なのに、こう素直に笑われると、それ程人の悪くない紘には怒る事も出来なくなる。
真逆、それを見越して態とやってるんじゃなかろうな――紘が一瞬そう疑った程の素直さだ。だが、その一方でそれを否定している。そんな魂胆ならあんな街で他人を疑い、その腹を探る事を覚え込ませられた紘には直ぐに露呈する筈だ。例え柘羅がどれ程の役者であったとしても、彼の目迄は誤魔化せない。
だからこそ、怒れないのだ。彼が本気だという事が解るから。
「ところで」それでも、不機嫌を装いながら紘は再び口を開いた。「用件を聞こうじゃないか。何の為にお前が苦労してこの邸を抜け出して、何の為にお前が俺を見付けて、何の為にあんな術迄使って俺を此処迄連れて来たのか」
柘羅はやや居住まいを正した。紘から見れば、態々正さなくとも充分に姿勢が良かったのだが。
「僕はちょっとした必要に駆られて、霊の視えない人を探していたんだ」
「霊の視えない……? じゃ、別に俺でなくてもよかった訳か?」紘は訊き返しながらやや気抜けする。そしてどうしてこんな事で気抜けするのか、自分でも解らず、内心首を傾げる。
「最初はね」柘羅は軽く頷いた。「けれど今では君が一番適任だと思っているよ」
「何に適任だって?」紘は訊いた。「そもそも用件は何なんだよ? それ聞かなきゃ話にならないだろ?」
「僕は……これからある所に行かなくてはならないんだ」柘羅は、ふと遠い目をして言った。「国内ではあるんだけれど、かなりの辺境でね。同行者が欲しい」そこで言葉を切り、意味ありげに紘の目を見る。
「同行者位幾らでも居るだろ? あれだけ『お供』が付いてるんだから」
「彼等は僕が選んで雇った訳ではない」
「じゃ、誰が雇ったんだ?」と、紘は素直に訊いた。
「……僕の伯父に当たる人だ」柘羅は軽く、眉を顰めた。訊かれたくない事を訊かれた様な表情だ。
こいつの家族構成は一体どうなっているんだろうか――家族無し、の紘は首を傾げつつ興味を持った。邸は彼の物――少なくとも名義上は――らしいし、それでいて伯父が居ると言う。全くの身寄り無しなら彼がこの邸の所有者でもおかしくはないとして、どうして伯父という保護者が居るのに、彼が邸を持っているのだろう。そして、どうしてこいつは自分の邸でひっそりと立てられる聞き耳に気を配らなければならないのだ?
この分では紘同様、肉親には恵まれていないのかも知れない。彼が邸を持っている事からしても、彼の両親が果たして健在かどうか疑わしいし、この話し方からして、彼の伯父とやらが彼に無償の善意を持っているのかどうかも疑わしい。他に肉親や親戚が居るのかどうかは解らないが、この分では下手に訊かない方が無難だろうか。
怒らせたら何するか解らんしなぁ――紘は柘羅の得体の知れない力を思い出して、微かに首を竦めた。
「兎に角、行くのは僕と瓏琳、それから後一人でいいんだ」柘羅は話を本題に戻す。「最低三人居ればいいんだから」
「最低三人? 何処に行くのか知らないけど――辺境って言ってたっけ?――たったそれだけの人数で行く気か?」紘は流石に呆れた。「何処に行くにしたって、あの街で会ったみたいな奴等が居る可能性があるんだぞ? あれよりもっと手に負えない奴等だって居るだろうし。お前があの妙な術を使う前に俺が片付けられる可能性だってあるんだからな。その辺考えてんのか?」
こいつにちょっとでも常識があると思ったのは重大な間違いだった、としか紘には思えない。
「瓏琳は強い。彼が居れば君に危険な真似をさせる事も先ず無いだろう」
確かに腕っ節はなかなか強そうだったな――瓏琳の容貌を思い浮かべながら紘は考えた。しかしあいつ一人で何が出来るって言うんだ?
気を集中させる為の時間さえ稼げれば柘羅の力でどうにか出来るとは思うが、それにしたってどれ程の人数迄相手に出来る事か。真逆十人も二十人もの相手全てに術を掛けられるとも思えない。
「で? その瓏琳は承知してるのか?」紘は何とか思い留まらせる手は無いものかと思案を巡らせた。出来ればそんな無謀な旅に出たくはない。
「瓏琳なら全て承知の上だよ。何処に行くかも、何をしに行くかも」柘羅は既に瓏琳を味方に付けている様だ。
この表情は嘘じゃあないな、と苦々しく判じながら紘は新たな理由を探した。しかし、身寄りも心配してくれる者もない彼としては言い訳が作れない。仕事はその日その日で転々としているし、塒(ねぐら)だってそうだ。対人関係もその場その場だし……。
その自分がどうしてこいつに従わなくてはならないのだろう、と紘は不審に思った。それでいてどういう訳か無理に逆らおうという気が起きない。あるいは例の術で操られているのではないかと疑いたくなる程、彼は反発を感じていなかった。奇妙だ。
「で? 瓏琳には教えて俺には教えてくれないのか? 自分が行く所位」
「来てくれるのかい?」柘羅が心底嬉しそうに訊く。
「場所次第だな。それも聞かずに返事が出来るかよ」
当然の事を言った迄だが、柘羅は紘が罪悪感を感じる程困った表情をした。
しかし、紘としては幾ら心配してくれる者もないとは言え、訳も解らずに旅に連れ出されたくはない。大体この分では只の観光旅行とも思われない。危険があるのなら知らされて然るべきだ。
「誰にも言わないって約束してくれるかい?」やがて、柘羅はそう尋ねた。
―つづく―
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Re:こんばんは
済みません、なかなか進まなくて……(^^;)
元々かなりマイペースに書き進めてたものなので、進展もマイペースです(爆)
のんびり読んでやって下さい☆
元々かなりマイペースに書き進めてたものなので、進展もマイペースです(爆)
のんびり読んでやって下さい☆
Re:きのう巽と、他人
分ー! って何?
何の言い訳するんだよ、月夜……(--;)
何の言い訳するんだよ、月夜……(--;)