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〈2008,2,17設置〉長編用ブログです。文責・著作権は巽にあります。無断転載は禁止とさせて頂きます(する程のものもありませんが)
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「その旅だけど……」紘は何と無く話題を逸らした。「本当に行く気あるのか? いつ迄愚図愚図してんだよ。俺、帰っちまうぞ?」
「またそんな意地悪を……」
「何処が意地悪だ。俺はこんな所に閉じ込められる謂れなんかねーんだぞ? それを何の為にこんな所に居ると思ってんだ?」
 しかし、今更帰っても働き口も無いだろうな――と冷静な部分は考えていた。一週間も姿を消していれば、あの街では死んだと思われても不思議ではないのだ。死人に働き口があろう筈がない。翌日の約束もしていなかったのだけが救いだ。もしそんな約束をしていて、その時間に現れなかったとしたら、それこそ信用問題だ。一度『親方』連中の信用を失くしたら回復するのは至難の技。そして連中は大概裏で繋がっている。一人を怒らせれば直ぐ他の者に迄波及するという事だ。
「それもそうだね。ごめん」柘羅はそんな裏事情迄は知らなかったろうが、素直に頭を下げた。
「で? 準備進んでんのか?」余計な口は利かんでその事を報告しろ、と言わんばかりの口調で紘は言う。やはり意地悪だ。
「お陰でね」
「俺は何もしていない」目一杯意地悪。
「だから進んでるんだろ? きっと」不意に、瓏琳の声が戸口から響いた。
「瓏琳! いつの間に?」柘羅が珍しく気を抜いていたのか、慌てて振り返った。いつもなら他人が居れば気付いている所だのに。彼はこの瓏琳の言葉から彼等のささやかな諍いが再燃し、更に悪化するのを恐れている様だった。
 しかし瓏琳の言葉に敵意は無く、却って親しみが混じっていた事を、紘は鋭く感じ取っていた。
「どういう意味だよ。瓏琳」だから紘も態とらしく目を眇めはしたものの、それは演技に過ぎなかった。
「いや、お前さんが大人しくしていてくれるお陰で、準備が進んでいると……そういう意味だろ? 詞維和」態と曲解しておいて柘羅を振り返る。「ところで琳璃が探してたぜ? 用は無いけど姿が見えないからって」
 その内この部屋にも探しに来るかも知れない。紘は彼女とは初めて逢った時以来顔を見ていていないのだが、柘羅が居る所ならば彼女はどんな所にでも現れ兼ねない。だからこそ、瓏琳も警戒して柘羅を『詞維和』と呼ぶのだろう。
 つー事は、柘羅だけでなく瓏琳も彼女を信用していないって事か?――彼の妹なのに?
「やれやれ、やっと逃げ出した所なのに……」柘羅が大袈裟に溜め息をついた。「ついさっき迄一緒に居たんだよ? だからなかなか此処に来られなくって……」
「……お前等さ……」紘は何と無く口を挟んでいた。「そんなに彼女、信用出来ないのか? 瓏琳の妹でも?」

「俺は俺、あいつはあいつだ」瓏琳はそれだけしか応えず、ぷい、と横を向いてしまった。
 答えになっとらん!――と怒鳴りたかったが、何か訳あり気に思われた所為か、紘は口を噤んでしまう。
 柘羅も俯いて余所を向いてしまった。
「悪いとは……思ってるんだ」暫しの後、彼は言った。
「詞維和……」瓏琳が振り返って、咎める様な声を出す。この件に関しては紘は部外者だと言いたげだ。
 しかし柘羅は珍しくきっぱりと首を横に振った。
「悪いとは思ってるんだよ。琳璃は幼馴染みで、いつも僕の身を気遣ってくれている。それどころか彼女は僕を護るのが自分の仕事だと思っているんだ……」
「誰かさんに小さい頃からそう言い聞かされてきたからな」瓏琳が口を添える。柘羅がその心算なら言うだけ言ってしまえ、といった体(てい)だ。
「誰かさんが誰か、訊いていいか?」
「いいよ」柘羅が頷いた。「僕の伯父さんだよ」
「と言うと問題の?」
「ああ、その問題の伯父以外には僕には近しい親戚は居ない」
「けどその伯父さんが何で彼女にそんな事を? 女の子に自分の甥を護らせるなんてどういう事だよ。逆に詞維和にそうさせるのなら話は解るけど?」紘はこれでも女の子には優しい、と自分では思っている。
「琳璃も俺も、代々こいつの家に仕えてきた家系の者だからな」瓏琳が答えた。「俺もその伯父さんに小さい頃からそう吹き込まれてきた口だ」
「その為に彼女は幼い頃から身体を鍛えたり、語学を学んだり……。僕なんか喧嘩しても勝つ自信無いよ」柘羅は苦笑する。「尤も、僕相手にまともにやってくれればの話だけれど……」先ずやってくれない、とその眼が断言している。
「それで表に出る時は瓏琳か自分を連れて行けって言う訳だな」
「そう。尤も付いて来てくれと言えば言ったで反対するんだけど」
「……お前も苦労するなぁ」紘は今更ながらに、それに思い至った。自分の好きな時に表に出て行く事さえ出来ないとは。これでは軟禁状態だ。彼が何をしたという訳でもなさそうなのに。特に今は一週間も閉じ込められていた為か、紘は彼に同情する気になっていた。「しかし……という事は彼女はお前の護衛役でもあり、監視役でもあるって事、か?」
「そういう事さ」瓏琳が代わって頷いた。妹の事なのに、その目が心なしか冷たい、様に紘には思えた。
「それでお前は?」その為か、紘はつい意地悪になって訊く。「お前は護衛か? それとも監視役か? それとも両方か?」
「彼はそのいずれでもないよ」柘羅が言った。「彼は僕の親友だ。使用人でも監視役でもない。況してや……伯父の手先などではない」
「そりゃ良かった」紘は短く言い、眼で瓏琳に詫びた。
 質問を受けてやや厳しい顔付きになっていた瓏琳だが、この侘びは聞き入れてくれた様だった。それに紘がどうしてこんな事を言い出したのかも解った為だろう。

「妹は……気が強くて乱暴だが、悪い娘じゃあないんだ」彼は不意に妹の弁護を始めた。「只、ちょっと生真面目過ぎるのと、おじさん趣味なだけで……」
「ちょっと!」不意に彼が背を凭れ掛けていた扉が開いた。「誰がおじさん趣味ですって?」
「お前」瓏琳は悪びれもせず妹の鼻先に指を突き付けた。
「あのねー!」琳璃はその手を払い除けると、柘羅を見付けて眉を顰め、厳しい表情を作った。しかしどこか嬉しそうだ。「お探し致しましたわよ? 詞維和様」
「琳璃……邸内では護衛は要らぬだろう?」柘羅は溜め息混じりに言った。
「あら! 油断は禁物ですわ」況してや今は素性の知れない奴が居るんですもの、と迄は言わなかったが、紘は何と無くそう言われた気がした。
「けれど此処には瓏琳も居る事だし……」
「あら! 瓏琳が居れば私は要らないとでも?」琳璃は傷付いた表情をし、演技掛かった動作で身を引く。
「誰もその様な事は……」柘羅は流石にげんなりした様子で溜め息をついた。
「琳璃、お前、ひょっとして詞維和を玩具にしてないか?」瓏琳が呆れ顔で言う。
「あ、ばれた?」琳璃は悪びれる様子もなく笑う。
 やれやれ、と瓏琳は肩を竦める。
 どうもつい先刻迄信用出来ないだの何だのと言っていた相手と対している様な感じじゃないよな――紘は思った。これでは只の仲の良い兄妹とその幼馴染みの図だ。
 もし、琳璃が彼等が言う様な監視役であったとしても、彼等の方でも彼女を欺いていないとは言えないのではないか。少なくとも紘にはそう思われる。
 やはり狐だ。
 柘羅の横顔を見ながら、紘は軽く首を竦めた。

                     ―つづく―
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こんばんは
りんちゃん(笑)登場!しぃちゃんが、ちよっぴりげんなりする気も解らなくは無いな。
ところで。↓
『どうもつい先刻迄信用出来ないだの何だのと言っていた相手とと対している様な感じじゃないよな――紘は思った。』
と~と~♪目が疲れてるね?
冬猫 2008/06/02(Mon)02:22:57 編集
Re:こんばんは
ととと★
疲れてますね~(^^;)
直しときます。
りんちゃん(笑)仕事で旅に出てない限りは傍に居るからなぁ。況してや監視役となるとげんなりもするよね。しぃちゃん(笑)
巽【2008/06/02 14:58】
こんばんわー
なるほどまとめ読みするのもアリですね。
しかし複雑な家柄をしていますねぇ・・・。
家族をも疑わければならないとは大変だぁ。
まぁ疑うのは紘の居た場所でもそうなんでしょうが・・・^^;

それはそうと瓏琳が何だか素敵に見えてきましたよ。
大物感というか、何というか。
しかし情報は一体何処から漏れてるんだろう?
らすねる 2008/06/02(Mon)18:44:30 編集
Re:こんばんわー
そうそう、紘の居た場所でも、別の意味で要警戒(^^;)
瓏琳は……大物?^^;
ぼちぼち、活躍が増えてくると思います^^
情報漏洩、どこから漏れてるんでしょうねぇ(笑)
巽【2008/06/02 23:17】
身って…なんだろ
身って…なんだろう…?
BlogPetの月夜 URL 2008/06/05(Thu)08:46:34 編集
Re:身って…なんだろ
君の質問もなんだろう……?
巽【2008/06/05 20:40】
まとめ読みするつもりが・・・
失敗したなぁ~!読んでしまった!
ずぅえったい!まとめ読みの方が良いと思っていたんだけどネ!ついつい気になって・・・・
ヾ(´▽`;)ゝ ウヘヘ

ふむふむ!若様も大変だねぇ~!そうそうベッタリと張り付かれていたら息がつまるよねぇ!

クーピー URL 2008/06/05(Thu)12:58:36 編集
Re:まとめ読みするつもりが・・・
いらっしゃいませ~^^
べったりピッタリ張り付かれてもね~(^^;)
幾ら柘羅でも息詰まるよね。
巽【2008/06/05 20:41】
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