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「この国の北の端に何があるか、多分聞いた事位はあると思う。幽鬼が棲むと言われる塔だ。現にあそこでは目撃者が絶えない。街道が通っている為にどうしても隣国に行くにはあの傍を通らなければならないから、どうしても人目に付いてしまうし……」
その話なら紘も聞いた事はあった。あの辺りは切り立った山が占めている為にその街道以外には道が無い。切り拓こうにも、その幽鬼の為に工夫(こうふ)が行きたがらない所為もある。しかし北の国境を接する国との公益は莫大な利益を生む。それだけに行き来は絶えない。
「真逆そいつを退治しに行く、とか言うんじゃないだろうな?」それなら降りるぞ、という表情で紘は質した。
「いいや、あれには直接関係無い」柘羅は頭を振った。「副次的な効果はあるだろうけれど」
「じゃああんな所に何の用があるんだ」
「あの塔の奥にね、水晶の部屋があると言うんだ」
「水晶?」真逆それが目的なのだろうか。紘には些か信じられなかった。水晶と言えば貴重な石ではあるが、幽鬼達を押し退けて迄手に入れたがる程の物ではない。況してや柘羅はこんな家具調度に囲まれているのだ。宝石を扱う商人を呼び付ければどんな物でも用意してくれるだろうに。
「只の水晶じゃないよ」柘羅は紘の眉間の皺に目を止めて苦笑する。「力を……この奇妙な力を……」言い掛けて、柘羅は口を噤んだ。自分で旅に出ると決め、その同行者迄決めようとしていながら、未だ彼の中には迷いがある様だ。それともこの目的を他人に洩らすのが懸命な事かどうか、計り兼ねているのかも知れない。
「言いたくなきゃいいぜ?」紘は何となしに助け舟を出した。「俺が訊いたのは何処に行くかって事で、何をしに行くかじゃない」
「……」柘羅は一瞬途惑った様に紘を見た後、微笑んだ。
「けど俺には何の仕事が割り当てられるのか位は教えてくれよな? 幽鬼どもと渡り合え、なんてのはなしだぜ?」そもそも、視えないものを相手にどうしようもない。
「幽鬼は相手にしない。向かって来るだろうけれどそいつ等の相手は僕がする。あいつ等には実体を持つものも居る様だけれど、刀だけで片が付けられる相手でもない様だから。瓏琳でも手間取るだろうし」
なるほど、と紘は思った。実体を持つ野党等は瓏琳が引き受ける。そして実体が在って無い様な幽鬼や霊の類は柘羅が相手をする。当然の割り当てだ。
しかし、それでは紘の役割は何なのだろう?
瓏琳の腕が柘羅が保証する程のものであるなら護衛は彼に任せればいい。術なら柘羅本人の持ち札だ。だとすればこの上どうして紘などを加えなければならない? それも彼が選んだのは、伯父の息が掛かっていない事は元より、彼に霊が視えないからだと言うのだ。霊の視えない人間に何の用があるのだ?
話を聞けば聞く程、ますます訳が解らなくなる。
「あの塔には普通の者は近付かない」柘羅は紘の困惑を解そうとして口を開いた。「幽鬼どもの姿が恐ろしい為だ。その辺を浮遊している霊なんてあれに比べればずっと生きた人間に近いし、恐ろしくなんかないよ」
「ちょっと待て、お前幽鬼を見た事あるのかよ?」
「自分の幽体だけを飛ばした事がある。あれなら見咎められても止められる事が先ず無い」
「どんな様子だった?」紘は身を乗り出して尋ねた。
「恐ろしかった」短く答えた柘羅の声は、これ迄になく硬かった。ふと、顔を上げて見ると、恐怖が彼の表情を凍らせていた。
この豪胆な迄に楽天的な少年が恐怖するというのは一体どういう状況に追い込まれた時なのだろう?――紘は覚えず、肩を震わせていた。
「けど、それでも行くのか?」紘は問い質した。「どんな所か解っていて、それでも行くのか?」
「行くよ。例え一人ででも……と言いたいけれど、一人では行ってもしようがないんだ」柘羅は溜め息をついた。「最低三人……僕一人で出来れば君や瓏琳に面倒を掛けなくて済むんだけど……」
「お前一人じゃ辿り着けるかどうかさえ疑問だぜ」
「そんなに頼りない、かなぁ……」流石に自尊心を傷付けられたか、柘羅はやや不機嫌そうに言った。
「頼りないって言うか……お前、世間知らずだろ。こんな邸に住んでて、碌々外にも出た事無いって言うんなら、外の事なんか殆ど知らないんじゃないのか?」
「……」柘羅は否定し兼ねたらしく、口を噤んだ。
「お前の友達はどうか知らないけどさ、お前一人で此処から出るなんて自殺行為もいいとこだぜ」
これも、柘羅は否定出来なかった。
「あの瓏琳って奴はどうなんだ? 外の事は?」
「瓏琳は自由に外に出られる。けれど、僕と一緒に居る事が多いから……それ程詳しくはないかも知れない」
「で、その世間知らず二人と、霊も視えない奴だけで旅に出ようってのか? それも幽鬼の塔へ。一体どうやったらそんな事が考えられるんだ?」紘は呆れた。呆れ返った。
「無茶なのは解ってるよ」柘羅は些かムキになった様子で言い返した。「けれど行かないと……この儘この邸に居る訳にはいかないんだ」
―つづく―
その話なら紘も聞いた事はあった。あの辺りは切り立った山が占めている為にその街道以外には道が無い。切り拓こうにも、その幽鬼の為に工夫(こうふ)が行きたがらない所為もある。しかし北の国境を接する国との公益は莫大な利益を生む。それだけに行き来は絶えない。
「真逆そいつを退治しに行く、とか言うんじゃないだろうな?」それなら降りるぞ、という表情で紘は質した。
「いいや、あれには直接関係無い」柘羅は頭を振った。「副次的な効果はあるだろうけれど」
「じゃああんな所に何の用があるんだ」
「あの塔の奥にね、水晶の部屋があると言うんだ」
「水晶?」真逆それが目的なのだろうか。紘には些か信じられなかった。水晶と言えば貴重な石ではあるが、幽鬼達を押し退けて迄手に入れたがる程の物ではない。況してや柘羅はこんな家具調度に囲まれているのだ。宝石を扱う商人を呼び付ければどんな物でも用意してくれるだろうに。
「只の水晶じゃないよ」柘羅は紘の眉間の皺に目を止めて苦笑する。「力を……この奇妙な力を……」言い掛けて、柘羅は口を噤んだ。自分で旅に出ると決め、その同行者迄決めようとしていながら、未だ彼の中には迷いがある様だ。それともこの目的を他人に洩らすのが懸命な事かどうか、計り兼ねているのかも知れない。
「言いたくなきゃいいぜ?」紘は何となしに助け舟を出した。「俺が訊いたのは何処に行くかって事で、何をしに行くかじゃない」
「……」柘羅は一瞬途惑った様に紘を見た後、微笑んだ。
「けど俺には何の仕事が割り当てられるのか位は教えてくれよな? 幽鬼どもと渡り合え、なんてのはなしだぜ?」そもそも、視えないものを相手にどうしようもない。
「幽鬼は相手にしない。向かって来るだろうけれどそいつ等の相手は僕がする。あいつ等には実体を持つものも居る様だけれど、刀だけで片が付けられる相手でもない様だから。瓏琳でも手間取るだろうし」
なるほど、と紘は思った。実体を持つ野党等は瓏琳が引き受ける。そして実体が在って無い様な幽鬼や霊の類は柘羅が相手をする。当然の割り当てだ。
しかし、それでは紘の役割は何なのだろう?
瓏琳の腕が柘羅が保証する程のものであるなら護衛は彼に任せればいい。術なら柘羅本人の持ち札だ。だとすればこの上どうして紘などを加えなければならない? それも彼が選んだのは、伯父の息が掛かっていない事は元より、彼に霊が視えないからだと言うのだ。霊の視えない人間に何の用があるのだ?
話を聞けば聞く程、ますます訳が解らなくなる。
「あの塔には普通の者は近付かない」柘羅は紘の困惑を解そうとして口を開いた。「幽鬼どもの姿が恐ろしい為だ。その辺を浮遊している霊なんてあれに比べればずっと生きた人間に近いし、恐ろしくなんかないよ」
「ちょっと待て、お前幽鬼を見た事あるのかよ?」
「自分の幽体だけを飛ばした事がある。あれなら見咎められても止められる事が先ず無い」
「どんな様子だった?」紘は身を乗り出して尋ねた。
「恐ろしかった」短く答えた柘羅の声は、これ迄になく硬かった。ふと、顔を上げて見ると、恐怖が彼の表情を凍らせていた。
この豪胆な迄に楽天的な少年が恐怖するというのは一体どういう状況に追い込まれた時なのだろう?――紘は覚えず、肩を震わせていた。
「けど、それでも行くのか?」紘は問い質した。「どんな所か解っていて、それでも行くのか?」
「行くよ。例え一人ででも……と言いたいけれど、一人では行ってもしようがないんだ」柘羅は溜め息をついた。「最低三人……僕一人で出来れば君や瓏琳に面倒を掛けなくて済むんだけど……」
「お前一人じゃ辿り着けるかどうかさえ疑問だぜ」
「そんなに頼りない、かなぁ……」流石に自尊心を傷付けられたか、柘羅はやや不機嫌そうに言った。
「頼りないって言うか……お前、世間知らずだろ。こんな邸に住んでて、碌々外にも出た事無いって言うんなら、外の事なんか殆ど知らないんじゃないのか?」
「……」柘羅は否定し兼ねたらしく、口を噤んだ。
「お前の友達はどうか知らないけどさ、お前一人で此処から出るなんて自殺行為もいいとこだぜ」
これも、柘羅は否定出来なかった。
「あの瓏琳って奴はどうなんだ? 外の事は?」
「瓏琳は自由に外に出られる。けれど、僕と一緒に居る事が多いから……それ程詳しくはないかも知れない」
「で、その世間知らず二人と、霊も視えない奴だけで旅に出ようってのか? それも幽鬼の塔へ。一体どうやったらそんな事が考えられるんだ?」紘は呆れた。呆れ返った。
「無茶なのは解ってるよ」柘羅は些かムキになった様子で言い返した。「けれど行かないと……この儘この邸に居る訳にはいかないんだ」
―つづく―
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