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〈2008,2,17設置〉長編用ブログです。文責・著作権は巽にあります。無断転載は禁止とさせて頂きます(する程のものもありませんが)
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 三人は来たのとは出来るだけ別の道を通って北へと引き返す。万一彼等の足取りが追っ手に知られていたならば、その真ん中にはいって行く事など出来ないし、する馬鹿も居ない。
 無論、柘羅の伯父とやらが本気で彼を探す心算ならばこの街中の何処ででもそれらの追っ手に出会う可能性はある。あの邸にあれ程の使用人や警備人を置ける程の者だ。それ位の人数を動員する事など訳もなかろう。
 柘羅の伯父は表立って事を構えたがらないだろう――という瓏琳の言葉だけが救いだ。
「ち、ちょっと待て! 詞維和! 紘!」その瓏琳が不意に声を上げた。とある小路に足を踏み入れようとしていた時だった。
「何だよ?」追っ手か、と一瞬緊張しながら紘は振り返った。
 しかし瓏琳は追っ手に気付いた訳ではなかった。その気配は無いと言う。
 別の事で、この儘進む事に難色を示した様だ。
「この先、何かあるのか?」街の住人である二人を見比べて問うたが、柘羅は知らないのか紘同様疑問符だらけの表情で瓏琳を見ている。
「幽霊屋敷」と瓏琳は答えた。
「……」紘は片方の眉を上げながらももう片方の眉を顰めた。器用な表情である。
 知っての通り、彼は霊が視えない。殆どの者が霊視能力を持つこの国にあって、全くそれらの気配も感じた事が無いのだ。その彼にとって幽霊屋敷というのは恐怖よりも先ず、興味を感じさせるものだった。ごく普通の者達に視える筈のものが視えないという事は彼にとってはある種の劣等感さえ植え付けていたのだから。そこへ行けば視られるかも知れない、という思いはもしその霊に下手に関わればどうなるかという恐れよりも、先に立ってしまった。
 しかし勿論そんな所で時間を食っている訳にも、また危険に遭遇している訳にも行かない事は紘もよく解っている。
 だが、態々避けて通る程のものだとも思っていないのだ。
「瓏琳、お前、幽霊が怖いのか?」やや茶化す様に、紘は言った。体格はそれ程関係ないのだろうが、彼が恐怖に身を竦めている所など想像しただけで笑える。
「お前は見た事無いだろうからそんなお気楽な顔してられるけどなぁ……」瓏琳は時に肯定も否定もせず、溜め息と共に言った。「あそこのは特に凄いんだぞ? 惨殺事件があった所為かな。恐ろしく邪悪で質の悪い連中が集まってる。昼間通っても、薄暗いどころか真っ暗なんだぜ?」
「へぇ?」却って興味を刺激された様子で紘は相槌を打つ。
 駄目だこりゃ、という表情で瓏琳は柘羅に視線を移した。彼からも何か言ってやってくれ、という懇願の視線。
 しかし、柘羅はそれを敢えて無視する事にした様だった。
「行こう。その様な所なら、却って好都合だろう? 追っ手も二の足を踏むだろうし、真逆僕達がそちらへ向かったとも思わないだろうし」
「そう巧く行けばいいけどな」幽霊屋敷なるものがそれ程人除け効果があるとは思っていない紘は懐疑的だった。
「詞維和! お前迄そんな事を……!」瓏琳が抗議する。「お前は行った事が無いからそんな……」
「お気楽な事が言える、かい?」瓏琳の視線をまともにその目で受けて、柘羅は言った。「そんな事はないよ。僕だって出来ればそんな所には行きたくなんかない。けれど足取りを誤魔化せるなら、多少の不快感位は我慢しなけりゃね」
「多少どころかよ……」余程嫌なのか、瓏琳はうんざりした顔で肩を落とす。
 しかしまたしても二対一で、瓏琳に勝ち目は無いのだった。

 それから半ば小走りに、幾ばくか進んだだろうか。
 柘羅がふと、脚を止めた。
 前方の、古びた建物を見上げる。元は立派だったと思われる屋敷。だが今は鎧戸も壊れ、ぽっかりとした暗渠を晒している。
「気付いただろ?」瓏琳が半ば自棄になった様な口調で言う。「どれ程のものか」
「確かに……好い雰囲気じゃないね」柘羅はいつになく硬い表情で答えた。「瓏琳が言った通り、真っ暗だ」
 夜なのだから、という暗さとは意味が違うらしい。紘には感じられなかったのだが、彼等には別の意味の暗さ、闇が視えるらしいのだ。
 此処迄来ても何も感じられない、勿論視えない紘は、やや不貞腐れた気分で彼等の会話を聞いていた。
 どーせどーせ、俺には霊なんか一生視えやしないんだよ――ふん。
「しかし此処迄来て引き返す訳にも行かないな」柘羅は言った。
「お前、妙な所強情だぞ?」瓏琳が唸る。
「でなけりゃそもそもこんな旅に出てないだろうぜ?」代理、という訳でもないが紘が答えてやった。
「……言えてる」再び、瓏琳は唸る。此処迄来たらもう唸るしかない。
「兎に角、行こう」柘羅が促した。
 こいつは怖くないんだろうか?――その表情を窺いながら紘は首を捻った。好い雰囲気ではないと認めながらも、柘羅にそれ程の恐怖の色は無い。やや険しくなったかと思われるのだが、それでも怯えというものは存在していない様だ。
 それは彼の持つ力の為だろうか。
 柘羅は紘に憑いていた厄介な性質の霊を祓ってしまった。紘が眠っていた――眠らされていた――間の事だったので紘自身はどうやって柘羅がそれを行なったのか知らないのだが、それでもあれ以来誰一人として彼の背後を見て顔を引き攣らせる者が居ない事からしても、除霊は成功した様だ。
 それ程の力があるのならば少々の霊位は恐れる事も無いのだろうか。
 少なくとも全くそれらが視えない、取り付かれても気付きもしない紘や、視えはしてもそれらをどうにも出来ない瓏琳などよりはましかも知れない。少なくとも対抗手段があるのだから。
 やっぱやばかったかな――今更ながら霊に対して自分が如何に無力で無防備であるか思い至って、紘は軽く身を竦めた。しかし、彼等の前で怯えているのだなどという様子は見せたくないという妙な意地で、紘は上辺を取り繕いながら脚を前に運んだ。
 視えないものの待つ場へ向かって。

                      ―つづく―
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